研究室で養った“自分で考える”というマインドを、今もずっと大切にしています
2022年9月30日掲出
応用生物学部 生命科学?医薬品専攻 医薬品コース 佐藤 淳 教授
中外製薬工業株式会社 笠間諒也(2021年3月 大学院バイオ?情報メディア研究科 バイオニクス専攻 博士前期(修士)課程 修了)

卒業研究生時代から佐藤先生の研究室に所属し、2021年春、大学院修士課程を修了後、中外製薬工業へ就職した笠間さん。大学で身に付けたことや経験がどのように現在に活かされているのか、指導教員だった佐藤先生とともに当時を振り返りながら語っていただきました。
■笠間さんが佐藤先生と最初に出会ったときのことや、佐藤先生の研究室を選んだ決め手を教えてください。
笠間さん(以下、笠間):一番初めは、1年生のときに先生の授業を受けたことが出会いだったと思います。その後、3年生になり、卒業研究の配属先を決める前に、色々な研究室を見て回る研究室紹介の機会が設けられていて、佐藤先生の研究室におじゃましたんです。その際に、それまで思っていた佐藤先生のイメージとかなり違って…。佐藤先生(以下、佐藤):はっきり言っていいですよ(笑)。
笠間:とても好印象でした(笑)。先生もおっしゃっていましたが、当時、先生は大学院の専攻長をされていたこともあって、「勉強しなさい!」と授業でも強くおっしゃっていたので、学生の間では、とても厳しそうなイメージがあったんです。
佐藤:1年生の「分子生物学Ⅰ」という講義が、応用生物学部の学生が初めて学ぶ専門分野の授業のひとつになります。同じく1年生の専門科目である「微生物学」を担当されている西野先生と相談して、最初なので厳しくいきましょうという方向で進めていて。それで授業では毅然とした態度をとっているんですが、普段の私は結構、冗談を言うのが好きで、研究室ではよく言っています。それで学生に「印象が違います」とか「先生はなぜ1年生のとき厳しいのに、3年生のときは厳しくないんですか?」と言われているんです(笑)。
笠間:そういう印象のギャップや明るい雰囲気の研究室でいいなと思ったことは、選んだ理由のひとつです。あとは、研究内容ですね。当時、バイオテクノロジーを扱う研究室に入りたいとは考えていましたが、その中で唯一、創薬というキーワードが出てきたのが佐藤先生の研究室でした。正直、内容はよくわかっていませんでしたが、「バイオで創薬って?」と興味を持ったので、気軽な感じで研究室をのぞいてみて、決めました。
■佐藤先生から見て、笠間さんの印象はどういうものでしたか?
佐藤:非常に積極的で、研究室の色々な学生に声をかけるなど、運営やイベントなども含めて、何かとリードして動いてくれました。大変なときも、自分できちんと考えて行動されていたという印象が強いですね。笠間:私自身は、そんなに人の前を率先して歩く、リーダータイプではありませんでした。ただ、私が学部3年生で、研究室配属が決まって少し経った頃に、ふいに佐藤先生からよければ研究室運営や研究室内の定例ミーティングの連絡係をしませんかというお声がけがあって。
佐藤:そうだったね。
笠間:正直、声をかけてもらったときは、「できるかな?」という思いが強かったです。当時は修士生が10人ちょっとと、たくさんいたので、そんな中で3年生の自分が仕切っていいのかな…という不安もあって。
佐藤:笠間さんにお願いしたことについては、ごめんなさい、あまり深く考えていませんでした(笑)。ただ、フレッシュな感じで運営してもらいたいという意図があって、3年生だった笠間さんにお願いしました。もちろん、彼ならできるだろうとは思っていました。ゼミの連絡などは滞ると困りますからね。それに早いうちから団体に属して、その中でどう自分の力を活かしていくかということを経験するのも重要かなと。後付けかもしれませんが。
笠間:実際、そういう機会をいただいて、色々なことに携わらせてもらったので、私としてはそこが大きな成長ポイントになったと今、感じています。
■大学で経験したことで、社会に出て役立っていると感じるものはありますか?
笠間:私の仕事は、製薬系の特に製剤分野になるので、知識の面で言えば大学時代に学んだことがそのまま活かせる面は少なく、やはり会社に入ってから学ぶことがほとんどです。ですから、そういう知識面よりは研究室での経験や姿勢といったマインドの部分が役立っていますね。他の研究室のことはわからないので比較できませんが、佐藤先生の研究室は、当時、厳しいイメージがありました。何が一番厳しいと感じるかと言えば、とにかく自分で考えなければならないことです。実験で出た結果に対して「それはなぜだと思う?」と問われますし、常に考えて考えてということを求められていたように思います。でも社会人になって振り返ると、そういう研究の厳しさを経験できて、むしろ助かったなと思うくらいです。実際に社会に出ると、何か問題や課題があったときに、答えなんて絶対に誰も教えてくれませんし、正解のないものがほとんどです。そのなかで、自分で考えて解決策を提案しなければなりません。そういう機会を学生時代から与えてもらっていたから、今も「自分で考える」ことを大切にできるのだろうと、ありがたく感じています。
佐藤:研究はもちろんですが、社会に出てどんな職種に就いても、うまくいかないことは起こります。その時、それぞれのシチュエーションに合わせて、何がよくないのか、どういう可能性があるのかを考えて、その中で自分はこう考えるというものをベースに取り組んでいかないといけませんよね。例えば、上司に「こんな結果が出て、理由はわからないけど、どうしたらいいでしょう?」と聞くような受け身の姿勢では困るわけです。おそらく笠間さんも研究室では、そう言われて、自分で考えることをしてくれていたのだと思います。それも一助になって、会社で活躍してくれているなら、私としてはとてもうれしいです。
■笠間さんが取り組んでいたご研究は、どのようなものだったのですか?
笠間:ヒト由来のラクトフェリンに関する研究になります。佐藤先生の研究室では、ラクトフェリンというタンパク質を使って薬をつくり、世に出すことが最終ゴールのひとつにあります。その中でも主に私はラクトフェリンを使った薬になると期待しているものが、実際にどのようにがん細胞に効いているのかという作用機序(薬が治療効果を及ぼす仕組み)の解析に取り組んでいました。佐藤:ラクトフェリンは牛乳に多く含まれるタンパク質で、がん細胞に対して増殖を阻害するといった抗腫瘍作用があります。うちの研究室ではそれを遺伝子組換えで増強させて、活性の出るタンパク質をつくっていて、それを使って調べてみると確かに特定のがん細胞に対して増殖阻害が起こることがわかっていました。そこで笠間さんには、それがどういう形で増殖を阻害しているのかというメカニズムを解明する部分の研究を担ってもらっていたんです。
笠間:佐藤先生と日々、実験の計画や仮説をディスカッションして、いざ仮説を立てても、実際にそれが当たったことは数えるほどでしたね。日々、新しいことの発見だったので、何かしら常に考えていないと、次に何をすべきかもわからないような状態で。
佐藤:かなり四苦八苦して取り組んでくれていたよね。しかも、ちょっと予想外の結果が出ていて…。
笠間:研究室で活性増強をした特別なタンパク質の働きのひとつに、がん細胞の中に入り込むという仮説があり、その経路を同定しようというところから研究が始まりました。方法としては、例えば、がん細胞がその特別なタンパク質を取り込むのを阻害する阻害剤を使うことで、実際に取り込まれなくなり、がん細胞の増殖を阻害することがなくなれば、おそらくその経路ががん細胞の増殖に関係しているだろうと考えられます。ですから、その方法で実験をスタートさせました。具体的には、マクロピノサイトーシスという取り込み経路があり、それを阻害する阻害剤を使って研究したんです。その結果、阻害剤を使うと、がん細胞の増殖阻害自体が止まっていたので、おそらくラクトフェリンが取り込まれる経路としては関連しているだろうとわかりました。それは新しい発見だったのですが、一方で細胞に取り込まれることとの関係性ははっきりしなかったのです。
佐藤:つまり、がん細胞に取り込まれるメカニズムと、増殖阻害のメカニズムは一致するのかという話です。彼が取り組んでいた研究は非常に複雑で、取り込みの阻害剤をがん細胞にかけると、研究室でつくった活性増強させたタンパク質が取り込まれなくなるということは事実として出てきました。しかも、増殖阻害が減弱するという事実も笠間さんが確認してくれました。そこまでは良いんですが、それらに相関性があるのかどうか。つまり、ラクトフェリンががん細胞に取り込まれることで、がんの増殖を阻害しているのかということが、その段階ではまだわからなかったのです。あくまでも事実は独立している可能性があるので、それらが果たして本当に関係しているのかということも含めて、調べてもらいました。
笠間:私が研究していた時は、確証が得られない段階だったので、おそらくこうだろうという仮説を2つ立てて、そのうちのひとつではうまく説明がつかないというところまで明らかにして、修士論文としてまとめました。それ以降は、研究室の後輩たちが残りの仮説を立証する研究を引き継いでくれて。後に佐藤先生から「仮説は正しかったよ」と連絡を受けたときは、自分もちょっと安心しましたね。
佐藤:実際に笠間さんが立てた仮説の通りで、分子も同定できました。笠間さんがたくさんの実験をして立てた仮説が正しいとわかったので、当たり前のことですが、すべての実験をひとつひとつきちんとしてくれていたおかげだなと、改めてその仕事ぶりに感動しました。何人もが引き継いで、最後に成果が出るという大きな仕事は、こういう地道なものだなと、つくづく実感しましたね。
笠間:自分の取り組んでいたことが正しかったとわかったので、私も本当にうれしいです。それを前に進めてくれた後輩たちには、本当に感謝です。
■笠間さんが大学院進学を決めた経緯や就職活動など、当時